文責:弁護士 多田幸生
野球好きの方であれば、「田沢ルール」が廃止されたことは、もうご存知でしょう。
令和2年9月7日、日本プロフェッショナル野球組織(日本プロ野球・NPB)は理事会を開催し、通称「田沢ルール」の撤廃を決定しました。
日刊スポーツ「田沢ルール撤廃、本人は「素直にうれしい。感謝」」
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「田沢ルール」とは、日本プロ野球のドラフトを拒否して海外球団と契約した選手について、帰国後の3年間又は2年間、ドラフト会議で指名しないというルールです。
このルールには背景があります。
2008年、新日本石油所属の田沢純一投手(当時22歳)は、プロ入りが確実視される有力選手で、その年のドラフト会議の目玉でした。
ところが田沢投手は、「日本のドラフト拒否」を表明し、アメリカ・メジャーリーグのボストン・レッドソックスに入団してしまったのです。
有力な新人選手が日本でプロ野球選手とならず、アメリカに流出したことに対し、日本プロ野球は衝撃を受けました。
そうして導入されたのが、「田沢ルール」だったのです。
「田沢ルール」により、日本プロ野球を介さずにアメリカ入りした新人選手は、事実上、日本に戻ってくることができなくなります。
新人選手は、その不利益を免れるには、いったん日本プロ野球に加入するしかありません。
当時から、野球ファンの間でも賛否両論がありました。
しかし、「日本プロ野球の空洞化」や「メジャーリーグに対する日本プロ野球の地盤沈下」を心配する立場から、賛成論も多かったように、私は記憶しています。
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今回、田沢ルールはなぜ撤廃されたのでしょうか。
それは、田沢ルールに独占禁止法違反(共同の取引拒絶)の嫌疑があり、公正取引委員会から調査を受けたためです。
「共同の取引拒絶」とは独占禁止法が禁止する違反行為(不公正な取引方法)の一つです。
簡単に言うと、「同一産業の事業者が申し合わせて、特定の取引先との取引を拒絶してはならない。」というルールです。
田沢ルールは、日本プロ野球の12球団が申し合わせて田沢投手の入団を拒否し、要するに田沢投手との取引を拒絶するルールです。
形式的に「共同の取引拒絶」に該当することは、否めません。
しかし、だからといって「独占禁止法に違反する」と直ちに言えるわけではありません。
なぜなら「正当な理由」があれば、取引拒絶は独占禁止法違反とならないからです(公正取引委員会・一般指定第1項)。
田沢ルールには、「日本プロ野球の空洞化」や「メジャーリーグに対する日本プロ野球の地盤沈下」を防ぐという目的がありました。
これらの目的な「正当な理由」に当たれば、田沢ルールは独禁法違反となりません。
この点について、公正取引委員会は慎重に調査を進めていたのではないかと推測されます。
「共同の取引拒絶」という制度については、次回のコラムで詳しく解説しようと考えています。
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公正取引委員会の調査は、日本プロ野球が田沢ルールを自主的に廃止したことにより、同年11月5日に終了となりました。
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公取委プレスリリース「日本プロフェッショナル野球組織に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」
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これにより、田沢ルールが独禁法に違反していたかどうか(正当な理由があったかどうか)は、永遠に不明となりました。
嫌疑をかけられたルールを自主的に撤廃するという態度は、公正取引委員会から嫌疑をかけられた場合の事業者の対処方法の1つとして、評価できます。
「田沢ルール」の場合、現実の適用例がなく、12球団から契約を拒絶された例がありませんでした。
(詭弁のように聞こえますか?しかし、公取委は実際にそのように認定し、プレスリリースしています。)
被害者がいないので、あとはルールさえ撤廃すれば、公取委による調査の前提を欠くこととなり、調査を続行できません。
こうして、日本プロ野球は、公取委から「田沢ルールは独禁法に違反する」と認定されてしまうという最悪の事態を回避することができたわけです。
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ともかく、田沢ルールは撤廃されました。
有力な新人選手は、田沢ルールによる制約を気にすることなく、「日本プロ野球か、メジャーリーグか」を選択できるようになりました。
まだまだ問題は山積みのようですが、これをきっかけに、日本プロ野球が自由競争の下で発展していくことを祈念します。
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余談ですが、令和2年11月5日の報道機関の報道姿勢について。
私が思うに、この日、公取委は「嫌疑がなくなったから調査を終了した。」とプレスリリースしただけです。
しかし、多くの報道機関は、「公正取引委員会は『田沢ルールには独禁法違反の恐れがある。』との見解を公表した。」と報道しました。
朝日新聞デジタル「プロ野球の田沢ルールは『独禁法違反の恐れ』 公取委」
あたかも、田沢ルールは独禁法違反であると認定されたかのごとくです。
私は、このような恣意的な報道はいかがなものかと思います。
もっとも、日本プロ野球は恣意的な報道を非難できるような立場ではありませんので、甘んじて受けるほかないでしょう。
つくづく、独禁法違反の嫌疑をかけられるような行為をするべきではありません。